昼過ぎに、ここぞとばかりに気温も上がるころ、いまだに慣れない暑さはあるものの気持ちよく歩きます。
突然、広げてもいない股の間をくぐり抜け、セミが道路の反対側へ飛んでいきます。
腰くらいの高さで、3回上下に大きく揺れながら、そのままストンと地面に落ちていきました。
正確には3回高く飛ぼうとして力尽きた…
そう見えました。
なんのきっかけもなく、いきなり目の前で一つの命が去っていきます。
なにを想えばいいのだろう?
でも、たしかに何か込み上げてくるモノが静かに膨らみはじめます。
気が付くと、地図も確かめずに国道を進むのをやめ、脇道に入っていました。
なにか自分に向けたむなしさがあることを、ぼんやり確認します。
「死が、決してゆずらないこと…」
そうではなく、自分もまた限られている時間を生き、今も過ぎている事実に対して…、
これでいいのか?
この調子でいくのか?
と、ぼんやりと問いかけていたのかも知れません。
景色は一変し、なにかの事務所や花屋、バス停、どこにでもありそうな道をなんの目処もなくゆっくり進みます。
ずいぶんと歩いたと思います。
やがて、広い公園にそれなりに大きく育ったケヤキの木があります。
樹齢100年たったくらいかも知れません。
日差しを避けるには十分すぎる木に、もたれるようにバックパックを置きます。
そのバックパックを少し脇に寄せるようにゆっくり息を吐きながら木にもたれます。
しばらく涼しさもない木陰にもたれています。
稚内で偶然出会った男性の言葉がよぎります。
「ようは何が言いたいかっていうと、100メートル走だと最初から全力で、フルマラソンだとペース配分を考えるだろ?
どっちにしたって全力だよね。
でも、もしゴールを曖昧に走れっていわれたらどうする?」
考えはじめた所で答える間もなく、男性は話を続けます。
「とりあえず走り出して、疲れたら休んで、またそれなりに走り出して…
もしかしたら、走れっていわれるまでチンタラ適当に歩くかもね…
不安で進まないのかもしれない。
それで突然ここがゴールですっていきなり言われたら拍子抜けするでしょ?」
ウンウンと顔を見合わせ話を聞きます。
「だからとりあえずでもゴールは自分で決めようにしている。
難しいなら目標でもいいさ。
とにかくその時に自分で決めた精一杯をすれば続ければいいさ。」
セミを思います。
人間より遥かに短い地上での生活。
もしセミが人と同じように2週間くらい悩んで、鳴くことなく飛ぶことなくいたら、進んでいることになるだろうか?
ザワッと背中に寒気が走りました。
そこのケヤキが根っこのあたりにいる日に焼けた男に言います。
「短い命、鳴くことなく、飛ぶことなく生きてどうするよ?」
言われた気がして
「ウルセーよ、縄文杉にも言ってみろ」
すぐに立ち上がり、もとにいた国道を目指します。
さっきどこにでもあるはずだった通りは、むせかえる暑さに紛れ花の香りがかすかにする花屋を通りすぎたころ、疲れた油の匂いが鉄工所のまえでします。
わざわざ、あそこの公園にいくまでもなく細身のケヤキは街路樹としてずっとつづきます。
その木陰でバスを待つおばあちゃん。
ムク鳥が暑いアスファルトを素早くトコトコ走ります。
30分前に通った何も変わらないはずの同じ道が、何もかもが違って見えて、聴こえ、匂います。
「…もう国道か?」
帰り道は遥かに短く、あっという間に終わってしまいました。
今は、それなりに精一杯感じていたんじゃないかなぁ…。
それくらいで今日は勘弁してや…
ケヤキに心の隅っこで訴えたあと、いつまでも出続ける汗がいつもより気持ちよく感じます。